映像化可能!

チョコレートコスモス

チョコレートコスモス

作者の手のひらで躍らされて、いいように興奮させられてしまった。

ストーリーの主軸は業界の重鎮が開いた二人芝居のオーディション。演劇を始めたばかりの無名の女の子が、溢れんばかりの才能をまさに溢れさせ、夢の舞台へ向かって突き進む物語。

襲い来る困難の数々を知恵と勇気で乗り越えていく冒険小説、警戒厳重な美術館から、銀行の大金庫から魔法のように宝物を盗み出す怪盗の活躍、あざやかなトリックが次々に繰り出されるミステリー……いろいろ例えを考えてみたけど、ミステリーがいちばん近いかな。

この驚きと興奮を表現するなら、「その手があったか!」の連続、だから。オーディションの課題という正解のない謎に挑むハウダニット・ミステリーと云えばいいか。強敵たちが見せつける名演、熱演、力演、さあ、われらが佐々木飛鳥(主人公)はどう立ち向かう?

構造だけ取り出せば週間少年ジャンプ王道のトーナメント漫画っぽいが、競技は「演技」だ。相手を殴って気絶させたら勝ちってわけにはいかない。芸術という完成がものを云う勝負で勝ち負けをどう読者に納得させるか、この難問に作者は真正面から答えて見せた。かなり即物的な形で、素人にも実に分かりやすく、しかも瞠目させて興奮させてみせる。これはかなり凄いことだ。

文章なんだから、観客の反応の凄さやライバルの驚きの描写で表現したり、雰囲気だけを描いて逃げる手もあるのだ。そういった技法も援用はするけど、でも恩田陸は逃げない。小説の売り文句の一つに「映像化不可能」というのがあるが、これは映像化可能だと思う。それが凄いところなのだ。

あとは蛇足。読んだことはないんだけど、美内すずえガラスの仮面』もこんな感じの話らしい。それで、竹熊健太郎が『ゴルゴ13はいつ終わるのか? 竹熊漫談』で『ガラスの仮面』の最終回を予想してるんだが、「ふつうの人間には演じることのできない」演劇を絵にするという難問への答えとして「描いて、描かない」という描き方で逃げる方法を捻りだしている。だけど、たぶん恩田陸は、そのまんま描いちゃったのだ。